リハビリテーション科の原点と現在
みなさん初めまして。リハビリテーション科の科長、百相と申します。
前回の理事長のコラムは読んでいただけましたか?
創立120周年を迎えた貴島会について、開業当初までさかのぼり、原点や使命について書かれました。
そこで私は、リハビリテーション科のルーツについても気になったので、調べることにしました。
私が入職したのは2007年。それからはや19年。
長い時間をここで過ごしてきましたが、リハビリテーション科の歴史は、私の入職よりもずっと前から続いていました。
資料によると1965年頃、八尾の地に貴島病院本院が設立されたのとほぼ同時期に、リハビリテーション室も開設されたそうです。
その後1987年頃、ダイナミックスポーツ医学研究所の初代所長:故 市川宣恭先生と、当院の、故 貴島秀彦前理事長が意気投合され、大阪市立大学(現 大阪公立大学)の整形外科チームとトレーナーが当院に入り、さらにリハビリテーション科は活性化しました。

増築前の貴島病院本院(1985年頃)
※1 「ダイナミック運動療法」とは、痛みがあって動かせない場合でも、動かせる筋力や心肺機能を積極的に鍛えることを基本理念とした運動療法です。

リハビリ室(1987年頃)

トレーニングルーム(1987年頃)

流水プール(1987年頃現在はございません。)
当初のリハビリテーション科スタッフは、主に運動指導をするトレーナーと聞いておりましたが、徐々に理学療法士も入職し、私が入職した2007年までは理学療法士7名、トレーナー3名が勤務されていました。
その後もスタッフが増え、現在は理学療法士22名、作業療法士3名、言語聴覚士2名、
トレーナー4名となり、総勢30名以上のチームで患者様に対応できるようになりました。
2023年には、循環器内科の貴島秀行先生を中心に、「心臓リハビリテーション」も開始しました。
これまでの歴史に加え、新しい分野にも挑戦しています。

心臓リハビリテーション室
そして2024年、整形外科の貴島崇文先生がリハビリテーション科の室長に配属されました。
これによって、医師や他部署とさらに密なカンファレンスが可能となり、患者様1人1人の不安にチームで寄り添えるようになりました。
今後もリハビリテーション科は日々の精進が必要ですが、筋トレ好き、スポーツ好き、インドア好きのスタッフ達と、この中河内の地に建てられた貴島病院本院の使命の一つである「地域医療への貢献」に協力できるよう、「3S精神」※2を忘れずに頑張っていきたいと思います。
※2 「3S精神」とは、貴島病院本院が大切にしている基本理念で、3つの「S」はSmile(顔は笑顔)、Sincerity(心に誠意)、Speed(動作は迅速)を意味します。
リハビリテーション科


